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堺シュライクス誕生秘話【〜代表夏凪編 序章〜】

出会いは、約10年も前に遡る。

私は総合情報企業「株式会社マイナビ」の採用担当(西日本地区)であった。

2009年4月…
2010年4月にマイナビに入社する新入社員の面接などを行っている時期だ。
私は当時大阪支社に勤務していたので、彼と直接話したことはなかった
ただ東京で採用された内定者に面白い子がいるとは耳にしていた。

まあ東京の内定者なのであまり関わりがないかと考えていたが、私が東京に転勤に。

2010年4月、彼がマイナビに正式に入社した頃、私は東京の採用担当のポストに着いていたのだ。

そして2010年4月。
マイナビでは新入社員向けに我々採用担当が一週間の研修を行う。
研修が終わって正式に所属部署に新入社員を配属した数日後、ふと新入社員の彼を帰りの電車の中で見かけた。

同じ電車だったのも何かの縁だったので、飲みに誘ったのだ。
もしかしたらこの時、彼を飲みに誘わなければ今の堺シュライクスはなかったかもしれない。

お気付きの方もいるかもしれない。
そう、ここに出てくる「彼」こそ、堺シュライクス、オーナーの松本祥太郎である。

(マイナビ内定者時代の松本。なんか尖ってますねw)

松本の入社した2010年のマイナビの新入社員は47名。
47名のうちの1名の新入社員だった松本に、私は言葉では説明できない何かのシンパシーを感じたのかもしれない。

私も東京勤務になり、休日や平日夜は暇を持て余していたのかもしれない。
気が向いたときに、松本を飲みに誘ったものである。
もちろん私の時間つぶしの相手だ。
でも松本は嫌な顔せず(たぶん)、私に付き合ってくれた。

そんな関係が続いているうちに、松本がマイナビをやめるという話を耳にした。
マイナビに入った松本は、新入社員の中でも抜群の営業成績を残していたのに。。。

でも辞める理由が、独立したい!と聞いた時は、すんなり納得できた。
おそらく松本がマイナビを辞めたのは、2012年12月。

そのころ私は東京本社から、大阪支社へと再度転勤になっていたので、あまり連絡は取っていなかったように記憶する。

そんな中、次は2014年4月に私がマイナビを退職する。
特にマイナビに大きな不満はなかったものの、自分で商売をする決意を胸に退職。

2014年9月、大阪は梅田に飲食店「CALM」をオープンする。

その頃から松本との付き合いがまた始まった。

(ちなみに松本はCALMオープン日、臨時でお手伝いをしてくれた)

同じ自分で商売をするもの同士、業種は違えどなにかシンパシーを感じるものがあったのだろう。
松本が大阪に出張で来る時は、よく私のお店によってくれたものだ。
多い時は毎月のように大阪に出張に来、毎月のようにお店によってくれていた。

お互い商売の話をしたり、何気ない会話でよく話ししたことを覚えている。

(ふたりともやっぱり若いですね)

そんな関係が続いた2017年の夏頃だったか、松本が関西独立リーグ(当時はBFL)との繋がりが出来たという話をしていた。
どんな繋がりかというと、独立リーグで野球を辞める選手の第二の人生(就職先)を企業に紹介するという話が出てきたようだ。

元来より野球が大好きな松本にとっては、魅力的な話であったはずだ。
実際その仕事をしている時期の松本はすごくイキイキしていた。当時兵庫ブルーサンダーズに所属していた(元阪神タイガース)井川慶投手と一緒に写真を撮ってもらったと喜んでいたことを覚えている。

その仕事を終えた2017年10月頃であった。
松本がこんなことを言い出した。
「独立リーグの代表から新球団を作らないかと誘われたんです」と。

松本が独立リーグの球団??
心の中で大きく驚いた。
球団経営なんていきなり出来るのか?とも率直に思った。

ただ松本は東京在住だし、現在の仕事も順調に進んでおり、そちらを手放せる状況でもないはずだ。
松本自身も魅力的な話だと感じているだろうが、実質的に現実的ではないのか。
初めてその話を聞いた時は、私も他人事のように聞いていた。

でも独立リーグ球団、なんか楽しそうだなと密かに独立リーグのことも調べてみた。
調べれば調べるほど、大変だなと。球団経営に行き詰まっている球団があったり、消滅した球団もある。
でも生き残っている球団があるということは、勝機はあるのではないかとも考えていた。

そんな中ある日、松本が私のお店に来てまた球団の話をしていた。
「球団やっぱりやりたいんですよね。でも僕一人じゃ出来ないんで。。。」
「夏さん(松本は私のことを夏さんと呼ぶ)、一緒にやりませんか??」と。

思いがけない一言。
しかし独立リーグの球団経営を少し調べていた私には、非常に魅力的な誘いだ。

自分が今飲食店を経営していること一瞬忘れたのか、
「オッケー!やろう!」
一言で答えが出てしまった。
なぜ即決できたのか正直今でもよくわからないこともある。
ただこの時の決断が、堺シュライクスが出来る大きな決断だったことには間違いない。

約10年前に出会った時は、まさか松本と一緒に球団を経営するなんて夢にも思っていなかった。でも人生なんてこんなものかも知れない。

短く?ではあったが、球団設立の決断までの話を書き起こしてみた。

次回は、球団設立決意〜の話を書きたいと思う。
お楽しみにお楽しみに。

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